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[C88] いやー

お恥ずかしい話です(笑)

ワタクシ非武装論者もボロクソ言いますが、無駄に好戦的な人も結構ボロクソに言ってます(笑)

うちの大学なんかには平和軍事研究なんて講義があるんですけどねー、内容は戦略理論の話がメインなんですが。
まぁ、右でも左でもリアルかつプリミティブな軍事ってのは勉強しなきゃならんですよね。諸詮手段ですし。
たしかクラウゼヴィッツはレーニンもご推薦であったはずです(笑)

[C87] 大学で軍事論を教える事について

うしゃこふ様

はじめまして。
クラウゼヴィッツ論、目から鱗でした。
一つ前のコメントでも、非武装論者を痛切に非難しておられますが、日本人の多くが「軍事」と聞くとどうしても引いてしまうの現実ですね。

しかし、激動する現在の国際情勢では軍事とは無関係には物事の本質を語れません。
そこで、日本の大学で本格的な専門の軍事論(講座)を設けて、教える事が必要な時期になってきているのではと私は思いますが(大学教員には化石な革新が蔓延るから無理かな)。
平和構築とかは、とか腐るほどにあるのに…。
  • 2006-07-19
  • 竹島島民
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抑止と反撃の狭間

さて、方々のブログを読んでいると、仮に日本が反撃能力や核武装をした場合、これは専ら抑止の為に用いるのであり、実際には使用しないという風に言う方も居る事に気づく。今日はこれについて考えてみたい。

確かに、相互確証破壊戦略は成功し我々人類は冷戦が未曽有の核戦争になることを抑止した。また、近世西欧における戦争が限定目的の為の限定戦争を傭兵を用いて戦うという状態の為に、一種の出来レースと化して両軍の徹底的な衝突を避けてきたというのも歴史の事実である。このように抑止が成功し実際に能力を使わなかったという例は実在するが、これはやはり現実の実力により担保されてきたと考えられる。

戦争はけっきょく戦闘力の物理的量を実際に使用して決戦を求めるものではなくて、彼我双方の有する物理的量の比率を勘案して勝敗を決定するにすぎない、換言すれば一種の代数学にほかならないと考えるならば、かかる見解の誤っていることは上述したところから明らかである。

クラウゼヴィッツ著,篠田英雄訳,戦争論〈上〉,岩波書店,1968,pp.31-32

クラウゼヴィッツは敵対的意図のみにより戦争が起きるのではなく敵対的感情も存在する事を指摘して、ナポレオン以前の近代の制限戦争の欺瞞を暴いた。そして、無限の相互作用により彼我双方の強力行使は次第に昂じて極度に達する事になる同上,pp.30事を指摘している。

しかし、何度も言うようだが、クラウゼヴィッツが如何に言おうとも現実として抑止は存在する。ではなぜ、抑止をしうるのだろうか。

「抑止」(deterrence)とは相手国がそのような攻撃的行動に出れば、こちらは懲罰的な行動をとるぞと威嚇することによって、相手国が攻撃的行動に出ることを思い止まらせることをいう。

これは、攻撃行動に出ようとする側が、そうした行動で得られる利益と、相手の報復で被る不利益とを計算して、合理的判断を下すであろうことを前提に成り立っている。この合理的計算を相手に誤解なくさせるには、(1)相手に耐えがたい損害を与える「報復能力」、(2)実際にその報復能力を使用する「意志」、(3)直面している事態の重大性についての「相互の認識」の三つがなければならず、これを「抑止の三条件」といっている。

西脇文昭,第5章 核兵器と安全保障(防衛大学校安全保障学研究会編,新版 安全保障学入門,亜紀書房,2001,pp.93-94より)

このように説明される。さて、ここで今回注目したいのは二番目の意志である。もちろん、抑止というのは抑止が成功すれば抑止力を使用しないという結果になる。しかし、抑止が失敗した場合はどうであろうか。抑止の失敗をした抑止力が意味がない以上、これを使わないのであろうか。決してそんなことはない、抑止が失敗した暁に抑止力を使用するという意志を持って抑止をしなければ抑止力の意味がなくなってしまう以上、仮に抑止が失敗したならばこれを使用しなければならない。少なくともそいう「意志」を有さなければ抑止の意味がない。

核兵器は使わぬが華である。おおよそ反撃能力や防衛力もそうである。もちろん、それは事実である。しかしながら、使わぬが華であるためには、使う意志を常に持ち続けなければならないのである。

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[C88] いやー

お恥ずかしい話です(笑)

ワタクシ非武装論者もボロクソ言いますが、無駄に好戦的な人も結構ボロクソに言ってます(笑)

うちの大学なんかには平和軍事研究なんて講義があるんですけどねー、内容は戦略理論の話がメインなんですが。
まぁ、右でも左でもリアルかつプリミティブな軍事ってのは勉強しなきゃならんですよね。諸詮手段ですし。
たしかクラウゼヴィッツはレーニンもご推薦であったはずです(笑)

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うしゃこふ様

はじめまして。
クラウゼヴィッツ論、目から鱗でした。
一つ前のコメントでも、非武装論者を痛切に非難しておられますが、日本人の多くが「軍事」と聞くとどうしても引いてしまうの現実ですね。

しかし、激動する現在の国際情勢では軍事とは無関係には物事の本質を語れません。
そこで、日本の大学で本格的な専門の軍事論(講座)を設けて、教える事が必要な時期になってきているのではと私は思いますが(大学教員には化石な革新が蔓延るから無理かな)。
平和構築とかは、とか腐るほどにあるのに…。
  • 2006-07-19
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