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[C134] まー

相対的に見れば、全面核戦争よりは被害が小さいでしょうし、大規模着上陸侵攻よりは短くなるでしょう。
とはいえ、ぱぱの指摘の通り、それが絶対的に期間が短く被害が小さいかといえば、かなりの長期間にわたって、かつ大きな被害が出ると言えるでしょう。また、対策を取ることにより極限、または被害の減少や期間の短縮は出来るというのもその通りだと思います。

[C131]

 全部は長いので、第1のスペクトラムについてだけ話しますと、浸透工作員は民衆-時には事前浸透工作員や在日支援組織-と密接して活動すると予期されます。
 即ち正規の軍隊とは違って、望んで我が国民の中に紛れ込むのであり、それを遮蔽や盾に使って活動するのです。
 平時よりも強制力の高い手段を以って国民を統制し、脅威と国民-必ずしも協力的な人々ばかりではない-を離隔する必要があるのであり、その為の計画と法整備無くして、国民の生命と財産の損失を局限する事は出来ません。

 被害が小さい、期間が短い。そうした予測の根拠は何ですか?それは、何の対策も無しに担保されているのですか?
  • 2006-08-04
  • 対潜臼砲
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考えられる日本有事の形態(土佐高知氏との議論)

最初に

さて、土佐高知氏への回答である。今回は「日本有事」と国民保護条例というエントリへの回答という形になる。

さて、まず土佐高知氏は主に在日米軍への攻撃を以っての開戦という形を想定されているようである。確かに、日米安保が存在し、在日米軍が存在する以上、日本が直接的に巻き込まれる有事というのにはアメリカがほぼ間違いなく関わるである事は間違い無い。しかしながら、それが一義的に米軍の軍事行動によってのみ引き起こされるかは疑問が残るかは疑問である。

仮に、アメリカが北朝鮮への直接的な制裁に及んだ際には、確かに米軍の行動により在日米軍が攻撃され、またそれを支援する自衛隊、また日本政府、市民社会が攻撃されるというのは十分に考えられる想定である。それ自身は私も否定しない。しかしながら、それ以外にも考えられうる想定は存在するし、またアメリカとの同盟無しに日本が生きる道は基本的にないと私は考える。しかし、これについては話がずれるので取り敢えず横に置こう。

ここで、私も土佐高知氏に倣って考えられる想定のスペクトラムを考えてみる。

第一のスペクトラム-北朝鮮のミサイルとゲリコマ

まず、弱い方からであるが、これは土佐高知氏の想定するような北朝鮮の攻撃である。これは、明らかに弱い。弾道ミサイルについてはこれがNBC兵器を搭載していない限り大きな被害は生まれないし、ゲリラ、コマンドゥの脅威がある程度である。その意味では土佐高知氏の指摘の通り戦争は早期に終結する可能性が高い。

しかしながら、彼らがNBC弾頭を装備しないとは限らないし、またゲリラ、コマンドゥの脅威と一言で言ったそれは、実はかなり大きな脅威である。これは、私が安易な北朝鮮攻撃論を論じる方に呈した過去の議論でも論じてきた事である。例えばNBC弾頭の場合は大きな破壊と死傷者が生まれる事は間違い無いし(とはいえ、これはアメリカの大量報復戦略の提起により古典的な抑止が出来るかもしれない、また北朝鮮が核弾頭を搭載出来る段階に至っているかは微妙なところである)、またゲリラ、コマンドゥであっても、例えば地下鉄や繁華街でのBC兵器や爆弾による攻撃や、もっと古典的にはライフラインの破壊というサボタージュ行為(レンチと少々のC4爆薬があれば首都圏大停電は造作もない仕事である)、一部地域でのゲリラ戦等は十分に想定出来る話である。これらの事態に際しては、国民の避難保護、また各種インフラ(病院等)の動員、徴発、自衛隊の速やかな展開が望まれるであろう。

さらに言えば、これもまた安易な攻撃論を論じる方に論じたのと同じ論旨であるが、北朝鮮のミサイル基地は地下化されており、ミサイルも移動可能なTEL車両により発射されるものである。つまり、攻撃目標の評定も効果的な攻撃も米軍ですら困難であるのが事実なのである。ここで、現状で北朝鮮のミサイルが100発単位での配備がされていると言われている以上、これの多くが日本に向け投入される可能性は十分にありうる。つまり、数発なんていう単位の話ではない。

もちろん、私はこれで安易な攻撃論を持ち上げるつもりはない。なんにせよ、これを無力化するにはいくら予算があっても足りないのが正直なところである。しかし、厳然としてこのような脅威は存在する。このような中でこれに対処する為の措置は必要であると私は考える。

第二のスペクトラム-限定的な着上陸侵攻

その次に考えられるスペクトラムは、土佐高知氏が否定した軽戦力(空挺、ヘリボン等の空中機動戦力または限定的な着上陸)による攻撃である。確かに、ほぼ間違いなく日米同盟の発動によりアメリカの自動的な参戦が約束されている日本に対してこの程度の攻撃をする事は無茶なように見える。しかし、本当にそうであろうか。

確かに、今の日米関係は蜜月と言われている。しかし、これは永久には続かないし、また近い将来にこれが急速に冷え込む可能性は否定出来ない。また、相手がアメリカの権益、利害を害さない形で侵攻を行い、かつ何かしらの密約が取り交わされているという可能性すら全く荒唐無稽な話というわけではないだろう。

例えば、現在、日本は周辺国と竹島、尖閣諸島、北方領土と多くの領土係争を抱えている。ここで、これらが原因となり武力による対立が発生し攻撃に至るというのは十分に想定出来るのではないだろうか。この際には限定的な領土の取り合いになるのだから、大規模な戦力を用いない形での侵攻というのは十分に考えられる。たとえば、尖閣諸島の攻略であれば九州北部~西部や沖縄に対して限定的な侵攻を行う理由は十分に発生する。

未来のifの話は非常に難しいが、全くあり得ないというのは楽観的に過ぎるだろう。もちろん、ここで我々が彼らの意図を呑む事で戦争は回避できるかもしれないが、相手がさらに大きな対価を求めて来た場合はどうだろうか。確かに、無限の譲歩をすれば戦争にはならないが、しかし無限の譲歩は不可能であるし、逆にデッドラインを定めればそこで戦争が起きる。

第三のスペクトラム-核抑止下での本格的な着上陸侵攻

自衛隊が最も怖れるであろう侵攻形態が大規模な本格的着上陸侵攻である。また、私が一番に重視しているのもこれである。なお、ここでは核抑止下であると想定する。

もちろん、これが今すぐに行われるとは私も言わない。しかしながら、中国は現在鋭意軍備を増強中であるし、ロシアも近年の経済的な復興が軍の近代化を進めており、ヨーロッパ正面の軍は未だに強大である。また、いずれ統一するであろう朝鮮半島は今現在数百万単位の兵力を集結させており、韓国は造船大国である。

仮に、数十年後アメリカが中東に大規模な兵力を展開せざるをえない状況の中で、太平洋へのアクセスを獲得するために日本を攻略したいと考えるというのは全く荒唐無稽な話とは言えない。この中で当然相手方も速やかな攻略を望むであろうし、長期にわたる空爆と封鎖ではこれを為しえない。それは重要な地域の速やかな占領によって為しえるものである。戦史で例示するならば、第二次世界大戦初期のドイツのポーランド侵攻やフランス侵攻に見られるものである。もちろん、それより前の普仏戦争でもこれは例示出来る。

土佐高知氏の危惧するように、当然にこの際に巡航ミサイル等のスタンドオフ火力は投入される。しかしながら、これはまず第一に軍事目標を狙うであろう。市街地を狙うのは明らかに非効率的であり、なんといってもバトル・オブ・ブリテンでドイツが敗北した理由はこれに帰するのであるから、正常な作戦的思考をするのであるならば、あたう火力は基地、レーダーサイト、駐屯地、補給処、空港、港湾、橋梁、道路、鉄道網といった物にそそぎこむはずである。つまり、直接的に市民が東京大空襲のような目にあうとは考え難い。相手が早期の決戦を望む限りは太平洋戦争のような事態は起きづらいのである。

伝統的に軍の目標は軍である。確かに総力戦の時代にあっては民間も目標となりえたが、しかし、それでもまず軍は真っ先に敵軍を攻撃した。それは、それが最も効果的な打撃であったからに他ならない。クラウゼヴィッツの指摘の通り、相手の抵抗力を奪う事が戦いの目標である。ここで、国民そのものは抵抗力の源泉であるが、しかし現存する抵抗力を排除することがまず第一の問題になるのが通常であろう。

第四のスペクトラム-核戦争

全面核戦争が生起すれば、それこそ日本の生存どころか人類の生存に関わる。その意味では専らこれは核保有国間の核戦略の問題になる。しかし、限定核戦争等の場合を想起すれば、たとえ敗北するにしても、国民保護をするというのは人道的な措置ではないだろうか。

抑止すること、備えること

と、一連の考えられうる想定を列挙したわけだが、たしかにこれらの事態は望ましい事態とは言えない。しかし、武力による脅威を目の前にして永久に譲歩し続ける事は不可能である。戦いとは防衛側が相手の意図を拒否するがゆえに発生するものであり、我々が相手の意図を拒否する場合があると考える限りにおいて、戦いはつねに発生する可能性を秘めている。もし私が周辺国の人間であれば、暴力用いてでも強要したい意志を持つであろうし、恐らく我々だって相手が脅しに屈するならばいくらでも脅す。

このような中で戦わずに済ます為にはどうすべきか。第一には相手の言うことに屈すること。第二には相手が暴力を用いても目的が達せられないと思わせる事である。

もし、後者の手段を取るのであれば、適切な防衛力を保持し、これを効果的に運用出来る体制を整える事が重要である。当然、国民保護条例もその中に入る問題であろう。そして、同時にこのような抑止を行うためには本気で戦う覚悟をしてその想定をするという担保を必要とするのである。


今までの経緯

  1. 土佐高知の雑記帳-国民保護条例を嗤う
  2. 当ブログ-国民保護法制と本土決戦
  3. 土佐高知の雑記帳-ふたたび国民保護条例について
  4. 当ブログ-戦略攻撃の問題と日本の防衛
  5. 土佐高知の雑記帳-「日本有事」と国民保護条例

しかし、どっかのだれかと違って真っ当に議論出来てるのが嬉しいしありがたい(笑)

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2件のコメント

[C134] まー

相対的に見れば、全面核戦争よりは被害が小さいでしょうし、大規模着上陸侵攻よりは短くなるでしょう。
とはいえ、ぱぱの指摘の通り、それが絶対的に期間が短く被害が小さいかといえば、かなりの長期間にわたって、かつ大きな被害が出ると言えるでしょう。また、対策を取ることにより極限、または被害の減少や期間の短縮は出来るというのもその通りだと思います。

[C131]

 全部は長いので、第1のスペクトラムについてだけ話しますと、浸透工作員は民衆-時には事前浸透工作員や在日支援組織-と密接して活動すると予期されます。
 即ち正規の軍隊とは違って、望んで我が国民の中に紛れ込むのであり、それを遮蔽や盾に使って活動するのです。
 平時よりも強制力の高い手段を以って国民を統制し、脅威と国民-必ずしも協力的な人々ばかりではない-を離隔する必要があるのであり、その為の計画と法整備無くして、国民の生命と財産の損失を局限する事は出来ません。

 被害が小さい、期間が短い。そうした予測の根拠は何ですか?それは、何の対策も無しに担保されているのですか?
  • 2006-08-04
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