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[C60]

コメント有り難う御座いました。
小生も最初はかとぅー氏のように,なに言ってんの?って思いましたが,定義するという行為より先に何かを発言,行動することにはそれなりのリスクが発生することの重要性を言われているのではないでしょうかね。
そういう意味で,対象が北であろうと無かろうと「戦わないこと」の究極のリスクを世の平和論者は本当にもっているのか?と問うておられるものと思いますよ。公平なエントリーだと思いました。

[C58]

このエントリ群は「広く一般の人々」に対して「いま我々はこうすべきだ」と主張するものではなく、「主張する人々」に対して「軍事周辺問題で主張をするならば、その主張が軍事的文脈から当然意味するところと、当然予測されるリスクとを最低限踏まえて主張すべきだ」と述べているのだとおもいますが、いかがでしょう。

ちなみに「戦う」のイコールの右側は「強力行為にのぞむ」ことそのものではなく(それでは単なる言い換えですし)、「某勢力へ強力行為にのぞむならば当然、我も某勢力の強力行為にさらされるリスクを負う」になるのではないかと。

うしゃこふさん、違ってたら申し訳ない(笑)
  • 2006-07-13
  • ALF874
  • URL
  • 編集

[C56] 意見

北朝鮮と戦う=日本の意志を強要するために北朝鮮に強力行為にのぞむこと
北朝鮮と戦わない=北朝鮮の意志をのむ事

こう定義することにどういう意味があるんですか?どちらも的外れに感じますが、、。北朝鮮に対してあなたはどう対応するべきだと思うのですか?

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北朝鮮と戦わない覚悟

ここ最近、「北朝鮮と戦う」という決断をする方々に「その覚悟はあるのか」という問いかけをしていくエントリを何本か書いてきた。結果、何人かの方から覚悟があるというエントリや、またコメントを頂戴する事が出来た。その意見が合理的か、正しいか、色々な見解はあるにしてもそれ以前の問題として、その選択から生じるリスクやリターン、コストやベネフィット、そういったものを直視し自ら判断していくというのは、それ以前の問題であり、非常に重要なことだと私は考える。

それでは、逆に「北朝鮮と戦わない」という決断はどうであろうか。そう、これもまた覚悟が必要である。確かに北朝鮮のミサイルやゲリコマという脅威は現実に存在しており、これと戦わないという事は、譲歩をせざるを得ない。

戦いの原理は、クラウゼヴィッツの言う通り「我が方の意志を強要するために行う強力行為」である。反面、クラウゼヴィッツは侵略者は平和的であると言っている。なぜならば、相手が抵抗せず我が方の意志を呑んでくれる方、つまり戦わずに済む方を侵略者は望んでいるからである。つまり、戦いとは防衛側が相手の意図を飲まない意図を持ち、攻撃側に対して暴力を以って抵抗して初めて成立するものなのである。その意味では「戦わない」という選択肢は、つまり相手の意志を呑むのと同じなのである。

もし永久に戦わない事を望むのであれば、相手の言う通りに動けばいい。しかし、それが本当に良いと思っているのだろうか。「北朝鮮と戦わない」という決断をする人は、相手の意図を呑むという覚悟があるのだろうか。

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3件のコメント

[C60]

コメント有り難う御座いました。
小生も最初はかとぅー氏のように,なに言ってんの?って思いましたが,定義するという行為より先に何かを発言,行動することにはそれなりのリスクが発生することの重要性を言われているのではないでしょうかね。
そういう意味で,対象が北であろうと無かろうと「戦わないこと」の究極のリスクを世の平和論者は本当にもっているのか?と問うておられるものと思いますよ。公平なエントリーだと思いました。

[C58]

このエントリ群は「広く一般の人々」に対して「いま我々はこうすべきだ」と主張するものではなく、「主張する人々」に対して「軍事周辺問題で主張をするならば、その主張が軍事的文脈から当然意味するところと、当然予測されるリスクとを最低限踏まえて主張すべきだ」と述べているのだとおもいますが、いかがでしょう。

ちなみに「戦う」のイコールの右側は「強力行為にのぞむ」ことそのものではなく(それでは単なる言い換えですし)、「某勢力へ強力行為にのぞむならば当然、我も某勢力の強力行為にさらされるリスクを負う」になるのではないかと。

うしゃこふさん、違ってたら申し訳ない(笑)
  • 2006-07-13
  • ALF874
  • URL
  • 編集

[C56] 意見

北朝鮮と戦う=日本の意志を強要するために北朝鮮に強力行為にのぞむこと
北朝鮮と戦わない=北朝鮮の意志をのむ事

こう定義することにどういう意味があるんですか?どちらも的外れに感じますが、、。北朝鮮に対してあなたはどう対応するべきだと思うのですか?

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